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zoom RSS 平成をふりかえる 元号編 後半(雑談)

<<   作成日時 : 2019/01/01 21:29   >>

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久しぶりのブログ更新ということで、
元旦の今日だけで3つ目の記事です。

決して授業の予習からの現実逃避で、
ブログを書いている訳ではありません・・・。

まぁ、半分くらい、
予習から逃げて現実逃避してるんですが(笑)

さて、今回の「平成をふりかえる 元号編 後半」では、
現在の元号である「平成」の決定過程と、
次の元号について書きたいと思います。


今現在の元号である平成は昭和天皇が亡くなった
昭和64年(1989年)1月7日の午後に
「元号に関する懇談会」で8人の有識者と
衆参両議院の正副議長に元号の候補を示して
決まったと言われています。

示された元号の候補は
「平成」「修文」「正化」の3つだったそうです。

ここで元号をアルファベットで表記した時、
「修文」「正化」はSとなり、昭和のSと同じになるため、
Hの「平成」で決まったと言われています。



「平成」の決定過程を見る限り、
次の元号は明治の「M」、
大正の「T」、昭和の「S]、平成の「H]になる可能性は
限りなく低いのではないでしょうか。
(明治生まれの方で存命の方はかなり少ないので、
Mで始まる元号はなくはないでしょうが)


ところで、この「平成」という元号は、
4人の学者のうちの
東洋史専門の山本達郎東大名誉教授の
提案した物だと言われています。

一方で、当時すでに亡くなっていた
陽明学者として有名な安岡正篤説も噂されますね。


すでに亡くなられた有識者が出した元号案は縁起が悪いので、
候補としては取り除かれるそうです。
ですが、安岡氏が考案した「平成」を山本氏が提出したという説も
あります。


個人的には「平成」という元号は、
安岡正篤作なのかな、と思ってます。
子供の頃から天邪鬼な歴史好きな私ですから(笑)

ちなみに、この平成の決定過程については、
NHKにまとまった記事があります。
興味あればぜひ見て下さい。



昭和を代表する大陽明学者の安岡正篤を
ご存じない方に簡単にご紹介しますと、
「玉音放送」にもかかわった方というのが
分かりやすいですかね。


私は高校時代、西郷隆盛、吉田松陰など幕末の志士が
陽明学の影響を受けていると知り、
陽明学に一時期はまってました。
「知行合一」という言葉は当時の私の琴線に触れましたね。

大学卒業後の20代になってからですが、
安岡正篤の本も読みました。

あと、NHKの記事に出てくる的場順三氏は大蔵省出身で、
以前の記事で書いた警察官僚の佐々氏と
中曽根内閣の内閣官房五室長時代に同僚の方で、
第一次安倍内閣の内閣官房副長官だった方ですね。

" target="_blank">佐々さんの「わが上司 後藤田正晴」にも
解説を書かれている方です。



ちなみに、ウィキペディアにも書かれていますが、
現在の安倍総理とは親密な関係ですね。

第一次安倍内閣が短命で終わったのは、
的場氏が内閣官房副長官として
霞が関を掌握できなかったのも影響したかなと
個人的には思っています。

内閣官房副長官とか書いても、
世間的には「何?」って感じですよね。
簡単に言うと、
官僚のトップだと思ってください。


このブログ、「中学受験」と「家庭教師」カテゴリーなので、
霞が関の人事を書いても需要があるとは思いませんが、
私の息抜きブログですので、脱線してもご容赦を(笑)

永田町、霞が関、大企業の人事とか見て、
裏の動きを読むのが私は好きです。

今のところあんまり関係ないですが。
今後、同級生とか知り合いがなれば別ですけど。

中学、高校、大学の同級生とか、
政官財学の各界のトップとして名前を見る日も
近いんだろうなぁ、と思っています。











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